| 水域生態系の保全・復元では,生物の生息場所連続性を維持することが重要となる。とりわけ,生活史の中で海域と河川間の移動を必要とする回遊性生物にとっては,生息場所の分断化が個体群の衰退や絶滅につながる場合もあるため,生息場所連続性の保全は非常に重要な位置づけとなる。生息場所の連続性を効率的に保全・復元するためには,生息場所連続性の状態が生物群集・個体群に与える影響を定量的に評価する手法が必要となる。この手法として有力なものに,情報科学のアルゴリズムとして用いられるグラフ理論(以下,グラフとする)が挙げられる。グラフは,ネットワークを点(Node)と枝(Branch)の比較的単純なシステムとして表記し,その接続状態による経路を探索し,とりうる経路の複雑性・最短距離・最小コストでの目的地到達などの分析を行う手法である。生息場所の連続性保全にグラフを適用する場合には,Nodeが生息場所,Branchが移動経路に相当する。本州中部以南の多くの河川で普通に見られるミゾレヌマエビ(Caridina leucosticta)は,両側回遊型の生活史をもつ。本種は,海域や河口域で浮遊幼生期を過ごしたのち,稚エビとなって河川を遡上するため,河川横断構造物によって回遊経路が分断されることがある。ミゾレヌマエビをはじめとする回遊性甲殻類の多くは,大型魚類のような優れた遊泳力や跳躍力を持たないため,魚類に比べ,横断構造物の影響をより受けやすい場合がある。また,構造物により遡上経路が阻害されると,遡上個体が構造物下に留まることで魚類などによる捕食圧が高まると考えられるとともに,回遊性甲殻類は回遊魚で見られるような陸封されても淡水中で再生産する適応性を持たないので,遡上個体の加入がなければ上流側の分布は制限される。したがって,生息場所の連続性を保全・復元する上では,甲殻類に対しても十分な配慮が必要となる。そこで本研究の目的は,代表的な両側回遊型甲殻類であるミゾレヌマエビを対象として,グラフによる生息場所連続性の評価手法を開発することとした。2007年10月に,愛知県豊川水系間川の7ヵ所の横断構造物を対象として,各構造物直下流の植生帯でミゾレヌマエビの分布状況を明らかにするための野外調査を実施し,構造物がミゾレヌマエビの遡上に及ぼす影響について検討した。また,グラフを用いて,間川におけるミゾレヌマエビの生息場所連続性評価モデルを作成した。野外調査の結果,ミゾレヌマエビの捕獲個体数は調査地点間で大きく異なり,下流側の捕獲個体数が多い構造物はミゾレヌマエビが遡上しにくい構造物特性をもつと考えられた。また,本研究で作成した生息場所連続性評価手法から算出された,構造物下流におけるミゾレヌマエビの相対的分布パターンは,野外調査で得られた実測値を良好に再現した。今後の研究では,行動生態学的観点からミゾレヌマエビの遡上行動特性を明らかにし,遡上行動特性と構造物の物理環境との関係性を解明する必要がある。そして,それらの情報を取り入れて本研究で開発した手法を改良し,ネットワーク構造の違いがミゾレヌマエビの遡上行動に与える影響を定量的に予測する手法に発展させる必要がある。 |