洪水流下能力の向上を目的とし,河積を拡大するための高水敷掘削が全国各地の河川で計画・実施されている.また,高水敷掘削と同時に,ワンド・たまりといった氾濫原的な環境を河道内に創出する試みも行われつつある. 原生的な氾濫原は,生態学的な生産性と多様性が非常に高い場である1)ことが知られている.自然堤防帯(セグメント2)を流下する河川は,自然状態であれば,広大な氾濫原を伴うものであるが,我が国の沖積平野では,近世以降の河道改修と築堤によって後背湿地に氾濫が及ぶ頻度は激減し,“洪水時に冠水する土地”である広義の氾濫原は,河道内に狭く限定されている.河道内の氾濫原は,面積的に狭いだけでなく,連続的な高水敷の造成と低水路の浚渫による河道の複断面化が進められ,より人工的になってきている2).さらに,上流域からの土砂供給の減少や砂利採取等に伴う河床低下により,河道内の水域と陸域の比高差が拡大した結果,比較的自然度が高い状態で残された高水敷・砂州の樹林化が進行し,河道内氾濫原が質的に劣化しつつある河川も見られる3).このような状況にあって,河積の確保を目的とした高水敷の掘削は,比高が高い土地を人為的に切り下げる操作であることから,氾濫原的な環境の創出と両立できる可能性が高い行為であり,可能であれば氾濫原的な環境を積極的に創出することが望ましい. 高水敷掘削によって河道内に氾濫原的な環境を創出するためには,いくつかの技術的課題が指摘される.まず,河積拡大を目的とした場合とは,望ましい姿が必ずしも一致しない点である.治水目的の高水敷掘削では,洪水の流れを妨げない平滑な地形が掘削後に長く維持されることが望ましい.一方,氾濫原的環境の創出を目的とした高水敷掘削では,ワンド・たまりといった氾濫原に特徴的な水域とそれを取り巻く微高地が入り組んだ多様な環境が形成・維持されることが期待される.なぜならば,原生的な氾濫原の高い生態的機能は,多様な地形要素により支えられている4)ためである. このため,高水敷掘削において氾濫原環境を創出するためには,氾濫原的な環境が長く維持される地形を当初から整備するか,河川の営力によって形成させるか,いずれかのアプローチを選択する必要が生じる.いずれのアプローチを採るにせよ,掘削後の地形変化を予測する技術が必要である.また,地形変化の予測を踏まえて,氾濫原環境の再生適地の抽出や,最適な掘削方法等の検討がなされるべきである.河道内の地形変化の予測は,平面二次元河床変動解析によってなされることが一般的であるが,解析の空間解像度はメッシュサイズに依存しており,規模の大きい河川地形の変化や,大まかな侵食・堆積傾向を平面的に把握することはできても、メッシュサイズよりも詳細な地形の表現は困難である。高水敷掘削後の地形を含む環境の変化を予測する手法を構築するためには、掘削後に生じている事象の分析が、ます必要であると考える。 そこで本研究所は、高水敷掘削において氾濫原的環境を創出するための工学的な知見を蓄積するため、木曽川水系揖斐川をケーススタディとして、掘削後に土砂が再堆積する過程で現れる微地形の形成過程に着目した現地調査を行った。また、現地調査結果を踏まえ、高水敷掘削後の地形変化を河床変動解析等により予測しようとする際の留意点を検討した。 |