ダム湖に土砂が堆積することで,ダムの治水能力が低下するだけでなく,下流への土砂供給量が減少し,河床の低下および粗粒化が進行する(Erskine, 1985).この河床環境の変化は,砂州の減少等,下流河道に影響を及ぼすほか,河床礫に付着する藻類群集(付着藻類)が,細粒土砂の衝突で剥離される機会が減少する可能性も報告されている(皆川ら,2007).付着藻類が剥離せず残存する期間が長い環境下では,異常繁茂および流下無機物の堆積が生じやすくなる.これらは,付着藻類を餌とするアユ等の水生生物の生息に多大な影響を及ぼすおそれがある.これに対し,ダム湖に堆積した土砂を掘削して下流に置土し,増水時に流下させる(Kantoush et al., 2010)ことで,河床の低下および粗粒化を抑えるほか,付着藻類の剥離を促す効果が期待されている.付着藻類のバイオマス(付着藻類現存量)は生長による増加と剥離による減少で決定される(Biggs, 1996)[Fig. 1].生長による増加速度は,河床に到達する光,水中の栄養塩濃度,水温に左右され,それらを変数とした関数によって定量化される(戸田ら,2001).一方,剥離による減少は,流水および流水中の粒子による攪乱,付着藻類内の代謝による枯死,他の水生生物の摂食により促進される.この中で,置土は土砂粒子による攪乱を生起させる要因として,付着藻類の剥離に貢献すると考えられる.この置土の効果を検証した事例として,増水時、置土から細粒土砂が流下した箇所では,置土が流下していない箇所よりも付着藻類の剥離が進行することが報告されている(坂本ら,2005).ただし,その年の置土量,洪水履歴によって,土砂の流下パターンは変化する.さらに,置土からの距離に応じて到達する土砂量とその時期は異なると考えられる.付着藻類は洪水時に剥離しても,洪水後から1ヶ月程度で剥離前と同じ程度の現存量に戻るため,剥離が生じる時期は重要といえる.さらに,河床に働く掃流力は粒度分布に左右されるため,土砂の流下パターンが同じでも,河床粒径分布に応じて剥離効果は異なると考えられる.以上から,置土の付着藻類への効果を適切に把握するためには,洪水直後のデータのみでなく,洪水履歴,河床変動および付着藻類現存量に関する複数年にわたるデータを用いた検証が必要といえる.そこで,本研究では,洪水履歴,河床変動および付着藻類現存量との関係を明らかにし,置土が河床変動および付着藻類現存量に及ぼす効果の解明を目的として,複数年にわたり付着藻類を観測したダムを対象にデータ分析を行った. |