はじめに 河川生態系は大きく3 方向の空間的な連結性によって特徴づけることができる ( Ko n d o l f e t a l . 2 0 0 6 ; Wa r d 1 9 8 9) 。1 つ目は「縦断的な連結性: Lo n g i t u d i n a l c o n n e c t i v i t y」であり、上流から下流の流程に沿った 水域のつながりを指す。Va n n o t e e t a l . ( 1 9 8 0)は河川連続体仮説( Ri v e r Co n t i n u um Co n c e p t) において、河川が上流から下流へとつながる一連 の河川ネットワークと捉えることができ、特に有機物等の物質輸送の観点から流程に沿った連結性の重要性を指摘した。こうした水域の縦断的な連結性は物質だけでなく生物の移動経路としても重要であり、生活史の完結、個体群の存続、遺伝的多様性の維持といった多様な生態学的役割を担っている ( e . g . , Fa g a n 2 0 0 2 ; Fa u l k s e t a l . 2 0 1 1) 。河川と海の両方を生活史内で利用する通し回遊魚は、縦断的な連結性に依存する水生生物の代表例と言える。またシミュレーションによる研究では、分散の方向性に制限がない場合、河川の特徴である複雑な樹形状のネットワーク構造( De n d r i t i c Ne two r k) は生息地間の再定着を促進することで、水生生物の個体群の絶滅率の低減にも大きく寄与しているとされている( F a g a n 2 0 0 2) 。2 つ目は、河川-氾濫原間のつながりを指す「横断的な連結性: La t e r a l c o n n e c t i v i t y」である。J u n k e t a l . ( 1 9 8 9) が洪水パルス仮説( Fl o o d p u l s e c o n c e p t) で提示したように、洪水による水位変動も河川生態系の生物多様性を維持するのに必要不可欠な要素である。本来の河川氾濫原では、河道から溢れた洪水が河川と周囲の氾濫原を水文的に連結させ、この横断方向の連結性が水域間の物質交換や生物の移動を促進することで高い環境の異質性や生物多様性を保ってきた ( Amo r o s & Bo r n e t t e 2 0 0 2) 。河川に生息する多くの生物は、自然流況に適応した生物学的特性を有しており、洪水を利用して氾濫原で産卵を行う魚類や、創出された一1 時的な氾濫原水域を利用する水生昆虫等がその例である。横断的な連結性は氾濫原水域の質の維持にも大きく寄与しており、例えばNe g i s h i e t a l . ( 2 0 1 2) は、冠水頻度の高い氾濫原水域では溶存酸素濃度も健全に保たれており、結果としてより多くの二枚貝が生息することを報告している。また、河川-氾濫原間の連結性は生態系機能を維持する上で極めて重要であり、Th oms ( 2 0 0 3) は、出水規模が増すほど多くの溶存有機炭素が氾濫原域から河川流路へと供給されることを報告し、こうした物質交換が河川生態系全体の生産性にも貢献していることを指摘している。3 つ目は、河床間隙を介した河川表層 と帯水層間のつながりを指す「垂直的な連結性: Ve r t i c a l Co n n e c t i v i t y」 である。河床間隙やそこで交換される水は、水生昆虫の生息場や魚類の 産卵場・育成場等を維持することで、河川水生生物の多様性を支えてい る ( J u n gwi r t h e t a l . 2 0 0 0) 。以上3 タイプの連結性のうち、縦断的お よび横断的な連結性は、これまで特に保全の対象として着目されており ( La k e e t a l . 2 0 0 7) 、本論ではこの2 タイプに着目して以降議論を進め る。 縦横断方向に水域が結びついて形成される水域ネットワークの連結 性は河川生態系を支える不可欠な要素であるものの、様々な人為的改変 によって、世界中で急速に失われつつある。日本は、国土面積自体は約2 0 3 8万km2と決して広くはないが( 世界第6 1位: Un i t e d Na t i o n s S t a t i s t i c s Di v i s i o n 2 0 1 2) 、アメリカ合衆国および中国に続いて第3位と世界屈指 の横断構造物数を有している( Le h n e r e t a l . 2 0 1 1) 。横断構造物は、河 川の連結性の低下を引き起こす主要因の一つであり ( Ni l s s o n e t a l . 2 0 0 5)、日本の河川が世界の中でも顕著に分断化されていることを示唆 している。また、日本の主要河川のほとんどの中・下流部には連続堤防が建設されており( Yo s h imu r a e t a l . 2 0 0 1 5: 2 0 0 5時点で河川延長の7 6 . 5% が改変)、氾濫原を含む河川空間は自然状態と異なり狭い範囲に制限さ れている。こうした現状や河川環境に対する関心の高まりから、1 9 9 7 年には、それまでの治水・利水に加えて河川環境の維持・保全が河川法 に明文化され、日本の河川においても積極的に分断化の解消を目的とし た事業が進められてきている。現在、水域ネットワークの再生に関する 多様な手法が事業に取り入れられつつあり、効果的に連結性の再生を行 うためには、河川管理者は再生事業の目的、効果、費用や土地利用の制 約等に応じて、より適した再生手法を選択することが求められる。しかしながら、連結性の再生に関する手法や課題について、国内向けに体系 的に整理されていないのが現状である ( 石山 2 0 1 5) 。 本論では、縦断・横断の両方向の連結性に関する再生手法について国 内外の既存文献のレビューを行い、個々の再生手法の特徴や実施上の留 意点、我が国における水域ネットワーク再生の現状と課題について明確 化することを目的とした。 |