孤立した野生生物の個体群が維持されるためには、①十分な個体数が確保できる生息域の大きさ②他の孤立個体群との遺伝的交流 が必要不可欠である。ダムによって形成されるダム湖は、流水に生息する河川性魚類の生息に不適な止水環境となるため、ダム湖に注ぐ支流の個体群間の交流を妨げる可能性がある。本研究では、木曽川中流域においてダム湖区間(木曽川本川)と流水区間(飛騨川)に注ぐ大小さまざまな支川の魚類調査を行い、①支川の大きさと種数または各魚種の在不在との関係性解析、②複数種を用いた遺伝的構造の比較をすることで、ダム湖による個体群の分断化および消失が生じているのかどうかを検証した。飛騨川と木曽川本川はともに約20kmの区間がダムによって挟まれているが、飛騨川はダム湖がほとんど存在せず、木曽川は全区間がほぼダム湖となっている。それぞれの区間で調査した支川は、飛騨川が8支川、木曽川本川が11支川である。魚類調査は秋に行い、出現種を調べたのち、広く分布が確認されたカワヨシノボリ、カワムツの2種を対象にMIG-seq法を用いた遺伝子解析を行った。魚類定量調査の結果、全25種群が確認された。採捕した個体数に基づいて推定された種数と支川の長さとの関係を検証したところ、ダム湖のある木曽川はダム湖のない飛騨川よりも種数が少なく、特に支川が短いほどその差は大きくなった(左図)。遺伝的構造からは、飛騨川は対象魚いずれも全支川で一つの遺伝的集団となった一方で、木曽川は複数の遺伝子集団に分かれる傾向がみられた(右図)。加えて、支川が短いほど遺伝的多様性が低下する傾向もみられた。これらの結果から、ダム湖は河川性魚類の移動阻害要因となっており、孤立した支川の大きさが小さいほど、遺伝的多様性の低下と局所個体群の消失が引き起こされている可能性が示唆された。 |